大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成9年(行ツ)43号 判決 1997年10月31日

東京都港区三田三丁目一一番三六号

上告人

エス・オー・シー株式会社

右代表者代表取締役

蟻川浩雄

右訴訟代理人弁護士

大場正成

尾﨑英男

大野聖二

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 荒井寿光

右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行ケ)第一一七号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年一〇月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大場正成、同尾﨑英男、同大野聖二の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難し、独自の見解に立って原判決を論難するか、又は原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

(平成九年(行ツ)第四三号 上告人 エス・オー・シー株式会社)

上告代理人大場正成、同尾﨑英男、同大野聖二の上告理由

第一 上告理由の根拠条文

民事訴訟法第三九四条法令違背(自白法則、弁論主義違反(同法第二五七条)、及び釈明義務の重大な懈怠並びに明白な事実誤認)

第二 事案の概要

一、本願考案

上告人は、実用新案登録出願(昭和六二年実願第一四九三三〇)の出願人であり、その要旨は、甲第四号証の手続補正書における実用新案登録請求の範囲に記載の通りである(以下、「本願考案」)。

本願考案は、超小型で簡単な構造のチップヒューズに関するものである。チップヒューズとは、円筒形ガラス管ヒューズ(代表的なもので、直径五ミリ、長さ二〇ミリ程度)とは異なり、断面の径が二ミリ、長さ数ミリ程度という微小なものである。円筒形ガラス管ヒューズは家庭用電気機器に使われていて、金属性のヒューズホルダーにガラス管の両端の口金をはめ込んで装着されるのに対して、チップヒューズはIC等の回路素子を過電流から保護するもので、プリント基板のランド(基板上に印刷された電子部品を搭載するための電極部分)の上に直接はんだ付けして表面実装される。

本願考案者はチップヒューズを装着する際に、プリント基板の捩れによりチップヒューズの両端部にその断面方向の回転応力がかかるという円筒形ガラス管ヒユーズにはない固有の技術課題が生じることを認識した(甲第四号証二頁一一行-三頁末)。そして、本願考案は、かかる技術課題を克服するために、本体が角形形状を有すると共に角形形状の本体両端面に嵌挿されるように断面形状が前記両端面の角形形状と実質的に同一である凹部を有する導電性端子部を有するという構成を採用したものである。

二、拒絶査定不服審判審決と引用例

上告人は、本願出願に対して拒絶査定を受けたので、拒絶査定不服審判請求を行い、平成四年審判第五六四七号として審理されたが、「本件審判の請求は成り立たない」との審決がなされた。同審決においては、甲第五号証(実願昭四九-三三六三九号のマイクロフィルム、以下、「引用例」)が引用され、これと周知技術に基づいて、引用例に「記載されたヒューズの構成をチップ上ユーズに転用するにあたり、前述の各周知技術を採用して、本体が角柱体状を有し、導電性端子がプリント基板に対して面実装されるための平らな四つの側面を有するチップヒューズを構成することに格別な困難は認められない」(甲第一号証八頁六-一一行)との判断がなされた。

三、原審における審理経過と上告理由

上告人は、上記審決の判断に対して、取消事由二として、その誤りを主張した。その理由とするところは、引用例のヒューズは、ヒューズホルダーに装着される円筒形ガラス管ヒューズであり、プリント基板に直接装着されて使用されるものではないから、実装時に生じる回転応力によって可溶体が破断するという本件考案の技術課題は存在せず、従って円筒形ガラス管ヒューズに関する引用例を本願考案のチップヒューズに転用することはきわめて容易に想起できるといえないことは明らかであるという内容である。

これに対して、被上告人は、引用例が円筒形ガラス管ヒューズで、ヒューズホルダーに装着されて使用されるものであり、プリント基板に直接装着されて使用されるものではないことを前提にした上で、従来の円筒形ガラス管ヒューズの技術からチップヒューズの技術への転用の容易さを論じ、円筒形ガラス管ヒューズに関する技術であってもチップヒューズに関する技術であても、小型ヒューズとして共通する基本的要請に関わるものであれば、採用し得る範囲で転用しようと考えるのが通常であるとして、その転用は、ごく容易に想起できることであると反論した(平成七年一月一三日付被告準備書面(第一回)六頁一〇行-七頁六行)。被上告人が引用例の円筒形ガラス管ヒューズがチップヒューズであると主張したことはなく、その事実は本件記録から明らかである。

以上の両当事者の主張から明らかなように、引用例がチップヒューズに関する文献でないことは、上告人、被上告人間において全く争いはないし、実際上もそのような文献ではないのである。

しかるに、原判決は、「引用考案のような小型の円形管状のヒューズは、従来からチップヒューズとして一般的に使用されてきており、また、本願考案と引用考案は、ともに可溶体の破断等の防止を目的とするものであって、その技術課題を共通するものと認められる」と認定した上で、原審決の判断に誤りはないとした(原判決一八頁一一-末行)。

しかし、上記認定判断は、以下において詳細に述べるように、自白法則、弁論主義(民事訴訟法第二五七条)に反する違法なものであり、又、原裁判所が上記認定事実に関し当事者に対し釈明を求めなかったことは釈明義務の重大な懈怠であり、さらに上記事実認定は原裁判所の事実認定に対する裁量の範囲を越えた明白な事実誤認でもあり、その違法性は、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

第三 上告理由

一、審決取消訴訟と弁論主義、自白法則

審決取消訴訟は、抗告訴訟の一種であり(行政事件訴訟法第三条)、行政事件訴訟法は、抗告訴訟においては、自白法則の適用の有無については一切規定せず、弁論主義の制限としては、職権証拠調べを認めているだけである(同法第二四条)。したがって、同法第七条の「行政事件訴訟に関し、この法律に定めがない事項については、民事訴訟の例による。」との規定にしたがって、審決取消訴訟においても、自白法則の適用を認めるべきである。かかる結論は、判例(東京高等裁判所昭和四六年三月三〇日判決判例タイムズ二六四号二一四頁以下等)、通説(染野義信「審決取消訴訟」実務民事訴訟講座五巻二〇七頁、小酒禮「特許関係審決」新実務民事訴訟講座一〇巻二四九頁、小酒裁判官は、「審決取消訴訟は、広義の民事訴訟に属し、弁論主義に基づき審理が行われるため、主要事実について自白があれば、裁判所においてこれに拘束されるとしなければならず、東京高等裁判所における実務はこれによって運用されている」とする)の認めるところである。

二、本件において弁論主義、自白法則の適用される主要事実自白法則の適用となる裁判上の自白とは、「当事者がその訴訟の口頭弁論または準備手続においてする、相手方の主張と一致する自己に不利益な事実の陳述をいう」(注釈民事訴訟法(六)八九頁)とされる。

又、自白法則は、主要事実に関してのみ適用され、間接事実に対しては適用されないとされる。しかし、「引用例のような小型円形管状ヒューズが従来からチップヒューズとして一般的に使用されてきたという事実」は、下記に述べる通り、弁論主義、自白法則の適用となる主要事実である。

即ち、本件は、引用例に基づいて本願考案が「きわめて容易に考案することができた」(実用新案法第三条二項)かどうかが争われた事案である。本件で問題となる「きわめて容易に考案することができた」という法律要件は、抽象的要件であり、いわゆる規範的要件である(特許法に関するものであるが、小室直人「審決取消訴訟における自白と擬制自白」特許管理第二七巻八号八一二頁は、「工業所有権の要件は、「公然知られた発明」(特許二九条一項一号)、「発明の容易性」(同条二項)などの不確定概念でもつて規定されている」とする)。規範的要件においては、抽象的法律要件そのものが主要事実となるのではなく、主要事実を導く具体的事実が主要事実となるとするのが近時の裁判実務及び通説である(増補民事訴訟における要件事実第一巻三三頁、注釈民事訴訟法(六)六六頁等)。

本件で「引用例のような小型円形管状ヒューズが従来からチップヒューズとして一般的に使用されてきたという事実」が規範的要素を導く事実であり、主要事実であることは、原判決の理由の記載から明らかである。

原判決では上告人の主張した「取消事由二」に対し本願明細書(甲第二-四号証)及び引用例(甲第五号証)の記載事項について認定をし(原判決一六頁一五行-一八頁一〇行)、次いで次のように判断している。

「以上の事実によれば、引用考案のような小型の円形管状のヒューズは、従来からチップヒューズとして一般的に使用されてきており、また、本願考案と引用考案は、ともに可溶体の破断等の防止を目的とするものであって、その技術課題を共通するものと認められる。

したがって、引用考案の円形管状のヒューズに関する一般的技術を、技術課題の共通する本願考案のようなチップヒューズに転用することは、当業者であればきわめて容易に想起できることということができ、これと同旨の審決の判断(審決書七頁二-七行)に誤りはない。」(原判決一八頁一一-末行)

本件におけるこの「引用例のような小型円形管状ヒューズが従来からチップヒューズとして一般的に使用されてきた」という主要事実に対し、被上告人は引用例が円筒形ガラス管ヒューズに関するものであり、チップヒューズに関するものではないという事実を明らかに争ってはいない。すなわち、被上告人は「引用例のような小型円形管状ヒューズが従来からチップヒューズとして一般に使用されてきた」という上記主要事実を自ら実質上否定しているに等しい。従って、本件では上記主要事実について被上告人の擬制自白が成立している。(民事訴訟法第一四〇条一項本文)

このように、原判決は当事者双方の間に争いのない、引用例が円筒形ガラス管ヒューズに関するものであり、チップヒューズに関するものではないという事実に反し、被上告人が実質上否定している「引用例のような小型円形管状ヒューズが従来からチップヒューズとして一般的に使用されてきた」という事実を認定した上で、この事実認定から、本願考案が「きわめて容易に想起できる」という規範的要件を導き出している。

三、原判決の事実認定は上告人にとって「不意打ち」であるから原判決には弁論主義違反がある

裁判所が主要事実について当事者の主張と異なる認定を行うことが全て弁論主義違反になるものでないことは言うまでもない。しかし、本件においては引用例のものがチップヒューズであるか否かは本願考案がきわめて容易に想起できるか否かを判断する上で非常に重要なポイントであり、上告人は引用例のものがチップヒューズでないからこそ本件審決取消訴訟を提起したとも言える。すなわち、本件で問題となっている主要事実は本件にとって決定的に重要な事実である。そして、当然のことながら、原審で被上告人も引用例のものがチップヒューズでないことは争わず、上告人もまさか引用例のものがチップヒューズであるというような認定がされるとは予想もしていないから、引用例がチップヒューズであるという主張を予想した反論までは行っていない。もし、引用例がチップヒューズであるという主張がなされていれば、上告人は容易にそれが事実でないことを主張、反証し得たのである。このような状況の下で原判決が上記主要事実を認定することは上告人に対する「不意打ち」であり、弁論主義違反である。

四、原判決の弁論主義に反する事実認定が明白な事実誤認でもあること

原判決に弁論主義違反の事実認定があることは以上で明らかであると考えるが、原判決のこの事実認定は明白な事実誤認でもあり、この点においても原判決の弁論主義違反は重大な瑕疵である。

原判決は本願明細書の一部である甲第四号証二頁一一行-三頁二〇行の記述を根拠に「従来の円形管状のチップヒューズは、可溶体の破断が生じやすいという欠点があるものの、チップヒューズとして一般的に使用されてきた」と認定している。(原判決一七頁一二-一五行、傍線は上告人による。)即ち、原判決は本願明細書の記載から円形管状のチップヒューズが一般的に使用されていた、公知あるいは周知技術であると認定していることになる。

しかし、原明細書には、「従来のチップヒューズは、その本体の形状が円形の管状であり」との記載はあるが、この記載は必ずしも円形管状のチップヒューズが公知あるいは周知技術であることを意味するものではない。本願出願人はチップヒューズの研究開発に従事している者であるから、本願考案のチップヒューズを考案するに至るより前に、円形管状のチップヒューズを試みており、これを「従来のチップヒューズ」と呼んでいるのであって、それは公知のチップヒューズではない。特許や実用新案の明細書では出願にかかる発明・考案の作用効果を説明するために、公知技術ではない自己の従前の技術を出願にかかる発明・考案に対する従来技術として説明することはしばしばなされることである。

そもそも、円形管状のチップヒューズが公知あるいは周知技術であれば、審決は甲第五号証ではなくそのような技術を開示した公知文献を引用した筈である。原判決は単に本願明細書に「従来のチップヒューズ」と書かれていることから、それがあたかも公知あるいは周知技術であることを表わしていると考えたのである。

原判決は引用例(甲第五号証)の記述に関しては、当然のことながら、その記述自体に基づいて引用例のヒューズがチップヒューズであることを認定してはいない。(原判決一七頁一九行-一八頁一〇行)結局、原判決が「以上の事実によれば、引用考案のような小型の円形管状のヒューズは、従来からチップヒューズとして一般的に使用されてきており」(原判決一八頁一一-一三行)と認定した根拠は引用例自体には存在せず、本願明細書の「従来のチップヒューズは」の一言のみであると言える。

当事者双方がいずれも引用例のヒューズがヒューズホルダーに装着して使用されるものであってチップヒューズでないことを争っていないという本件記録上明らかな状況や、引用例自体には引用例がチップヒューズに関するものであることを示す記述がなくそのことは原判決においても認識されている程明らかな事実であることに鑑みれば、原判決が本願明細書の「従来のチップヒューズは」という記述のみから、「引用例のような小型円形管状ヒューズが従来からチップヒューズとして一般的に使用されてきた」と認定したことは、原裁判所の事実認定に対する裁量の範囲を越えた明白な事実誤認であると言わざるを得ない。

五、釈明義務の重大な懈怠

当事者双方が引用例がチップヒューズでないことについて争っていないことが記録上明らかであり、又引用例自体にもそれがチップヒューズであることを認められる直接的記述がないことを原裁判所自ら認識しており、しかも上記主要事実が上告人にとって不利な結論を導く上で極めて重要な事実であるという状況の下で、原裁判所が上記主要事実を認定しようとする時には、原裁判所は上告人に対して釈明権を行使して、上告人の意見を求めるべきであり、もし、釈明権が適切に行使されたならば、上告人は引用例はチップヒューズではないこと、小型の円形管状のチップヒューズが従来一般に使われてきた事実はなく、公知技術でも慣用技術でもないことを容易に説明し得たのである。それによって本件の結論は大きく異なったのである。

従って、原裁判所が上記主要事実について釈明権を行使しなかったことは重大な釈明義務の懈怠である。

なお、上告人は原審で本願考案のチップヒューズの実施品と、引用例の実施品ではないがこれと同様の円筒形ガラス管ヒューズの実物を裁判所に提出した。これを見ると、チップヒューズは米粒ほどの大きさのものであり、通常家庭電気製品に使われているような円筒形ガラス管ヒューズとは全く異なるもので、両者を同列視することはできないことが一目瞭然であると考える。

上告人はこれらの実物を検証物として提出することも考えたが、通常東京高等裁判所の審決取消訴訟の実務では裁判所はこれらの物を「事実上見る」という扱いとし、これを検証物として証拠採用することはしない。(これらの事実上提出された実物は原判決後に上告人に事実上返却されている。)

しかし、裁判所が引用例のものをチップヒューズであるように事実認定するのであるならばこれらの実物を検証物として受理し、判決が当事者の提出した検証物をも検討した上でなされたものであることを手続上明確にすべきである。

六、結論

本件において、「引用例のような小型円形管状ヒューズが従来からチップヒューズとして一般的に使用されてきた」という事実は主要事実であり、これに関する自白法則、弁論主義違反、釈明義務の重大な懈怠、明白な事実誤認は明らかに判決の結論に影響を及ぶす法令違背である。したがって、原判決は、民事訴訟法第三九四条の法令違背の判決として破棄されるべきである。

以上

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